2時間半を越えるonline会議が2回続きました。どちらにも共通している点がいくつかあります。議案書にある協議事項が多いこと、それらの協議事項は実質的には既に決定している事柄で提案者側には改正する意図がないことです。
それではなぜ会議を開く必要があるのでしょうか。 質問です。
それでもなぜ会議を開くのでしょうか。協議事項と称して一つひとつの案件が朗読され、承認されるという儀式を経ることが民主的な議事であるという誤解、参加者がその儀式の場にいることで議事が進行するという誤解が旧来の形態の会議を続けている根本的な理由となっているように思います。 さらに人は信用できないという偏見も私たちの意識の根底にあるように思います。便宜的な協議事項は連絡事項として文書で組織内に配信し、各自がそれに目を通すことを習慣化すれば議案数を激減させることができるでしょう。 三十数年ぶりに日本式の会議に再び参加するようになってしばしば感じることは、参加者は会議の明確な目的を認識していない、議事進行係の人は効率良い会議の運営方法を知らない、そして双方が効果的な協議の方法を知らないということです。 協議の場で積極的に発言する人の多くに見られることは、Adam Grantが指摘する“Binary bias”で、信じるか信じないか、賛成か反対かという二分化の思考形態と反応 (reaction) のmindsetです。新しい提案を共有し組織内にfeedbackを呼びかける場合でも、返ってくるものの多くはreactionです。 “Reactive people are driven by feelings, by circumstances, by conditions, by their environment. Proactive people are driven by values—carefully thought about, selected and internalised values.” Stephen Covey (1989) The 7 Habits of Highly Effective People 「反応的な人は、感情、状況、条件、環境によって動かされます。Proactiveな人は、慎重に考え、選択し、内在化された価値観によって動かされます。」 Proactiveな人の割合と組織力は正比例の関係にあると考えます。
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Author萩原 伸郎 Archives
10月 2024
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