先月私立中学校フェアという学校説明会がありました。親子4人組の番になりましたが、対面には椅子が2脚しかありません。その時、受験生の弟さんらしき幼児が私の椅子の隅にちょこんと座りました。ご両親は申し訳なさそうにしていましたが、あまりにも自然な早業だったのですぐに肝心の質疑応答に入りました。
やがてこの幼児から体温が伝わってくると、子育てをしていた頃の体験や体感が甦ってきました。 家から学校までの道に、Australiaの家の庭にあるものと同じ種類の植物が3軒の庭にあることをこちらに越してきてすぐに見つけました。昨日の朝はそのうちの1軒で満開でした。自分の庭にあるその木のことを想像しました。 質問です。 ① 私たちは五感を通して伝わってくる情報から何かを認知するだけでなく、自分の意識や思い出にある物事との接点を探り出します。その瞬間の感性や心持ちは、どのような状態なのでしょうか。 ② 子どもの感情を私たちは五感を使って感じ取っているでしょうか。わからない、できないという苦しみに共感する感受性や謙虚さを常に持っているでしょうか。 Steve Jodsが自分に宛てたmailがあります。 "I grow little of the food I eat, and of the little I do grow I did not breed or perfect the seeds. I do not make any of my own clothing. I speak a language I did not invent or refine. I did not discover the mathematics I use. I am protected by freedoms and laws I did not conceive of or legislate, and do not enforce or adjudicate. I am moved by music I did not create myself. When I needed medical attention, I was helpless to help myself survive. I did not invent the transistor, the microprocessor, object oriented programming, or most of the technology I work with. I love and admire my species, living and dead, and am totally dependent on them for my life and well being.” Email sent on September 2, 2010. 「私は、生きている人も亡くなった人も、人間を愛し、賞賛し、自分の生活と健康を彼らに完全に依存しています。」 晩年のSteve Jobsが自身の感覚を通して、自分と自分を取り巻く環境との関係を謙虚に見つめている様子が伝わります。
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Author萩原 伸郎 Archives
8月 2024
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