The Guardian紙の昨日の五輪報道の速報に “it is blistering hot in Tokyo”と特派員が記していました。
特派員の表現を借りるまでもなく、日本の夏の厳しさを感じています。 すでに陽が高く上がっている時刻に、道路の反対側を中学生の一団が黙々と走り抜けて行きました。暑さと湿度をまったく感じていないようなその姿を見て、Australiaの同年代の子どもたちだったら頼み込んでも拒否するだろうと瞬間に思いました。 炎天下の交差点で、自転車に乗った見るからに暑そうな制服姿の高校生がぼんやりと信号がかわるのを待っていました。部活の練習か補習が学校であったのでしょう。 暑い日々が続くといえども日本全国の各地で大人たちは働き、子どもたちはそれぞれの夏の活動に励んでいます。久しぶりの日本の夏の光景に一種の感動があります。 質問です。
厳しく長い冬だけでなく歴史的民族的な外圧も乗り越えてきたFinlandの人々の特性を表す言葉にSisuがあります。忍耐力、やり抜く力という意味の言葉の存在は環境が人間を鍛え上げたことの証でしょう。 Maslow’s hierarchy of needs (欲求階層説) によると人間の欲求を5段階に分けて低次から高次へと段階的な階層構造を示しています。興味深いことは、生理的要求から始まる4段階について十分満たされている場合は私たちは何も感じませんが、ひとたび欠乏感を持つと不安感や不快感を感じるようになるという点です。 厳しい暑さや寒さの中でもするべきことをする人々はこの欲求階層の奥行きが深いということなのでしょうか。それが忍耐力の大きさに比例するのでしょうか。どのような状況下でも不快感などを感じずに物事に集中して取り組むことができる人は確実に存在します。 大汗をかいて仕事をする人々や体を動かす子どもたちの姿には清々しさがあります。
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Author萩原 伸郎 Archives
8月 2024
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