目標を立てることの意味、そしてその成功や効果の基準として何パーセントという数値を設定することの意味について考えています。
限りなく100%に近付けば成功したと言えるもの、それは同時にほとんど不可能である場合には、果たして目標とすることにどれほどの意味があるのか。 質問です。
みんなが満足する授業をめざす、みんなが満足するICTの活用をめざすという目標を設定したとします。その成果を判定するために、授業に満足していますか、学校のICTに満足していますかというような質問に答えてもらうことにします。この場合、どのような問題点があるでしょうか。 回答する側は発問する側の意図や期待度を容易に理解することができます。そのような問いかけに果たして信憑性の高い回答が得られるでしょうか。そして回答の結果が100%に近ければ近いほどその結果から受ける私たち教師の満足感は高くなります。けれども数値から受ける感覚的な印象以外には、今後何をどうすれば良いのかという方向性まで読み取ることができるでしょうか。さらに、100%に到達することは恐らく不可能なように思います。すると、最終的な成功の判定の基準は何点ぐらいを考えれば良いのでしょうか。これらのことを認識すると、この質問からは信頼性や論理性の高い結果を導き出すのは難しいことが明らかになります。そして、目標を具体化する必要性も明らかになります。 目標を立てること自体が目的化していて必然性が明確でない場合があります。根拠がないままに目標として設定されている場合もあるのではないでしょうか。どのような目標を立てるべきなのでしょうか。目標を立てることは常に意味のあることなのでしょうか。 “The purpose of setting goals is to win the game. The purpose of building systems is to continue playing the game. True long-term thinking is goal-less thinking. It’s not about any single accomplishment. It is about the cycle of endless refinement and continuous improvement.” James Clear (2018) Atomic Habits 「目標設定の目的は、試合に勝つためですが、システムを構築する目的は、試合を続けていくためです。真の長期的思考とは、目標のない思考です。何か一つの成果を出すことが目的ではありません。終わりのない改良と、継続的な改善のサイクルのことです。」
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Author萩原 伸郎 Archives
8月 2024
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