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私の勤務校にはUkraineからの編入生がいます。10年生の教室でその編入生が小さなノートに何か熱心に書き込んでいる様子が目に留まりました。横からのぞくと、それは自作の単語帳でした。私に気がつくと「ロシア語で書いているけどね」と言い訳のようにつぶやきました。住んでいた地域ではロシア語を使っているのだそうです。
その後しばらくしてからもうひとりUkraineから9年生が編入してきました。そしてこの編入生も小さなノートを持ち始めました。先週金曜日の放課後にLearning Centreでその小さなノートに何かを書き込んでいたので、ひと作業が終わった頃合いを見計らって見せてもらいました。教科ごとに新出単語や熟語を発音記号とともに対訳が書き込まれています。 この子どもたちの行動を、真面目、熱心、努力家などの言葉でなく、もう少し教育学的に説明できないかこれまで読んだ文献を探していると、"Education is the enterprise of making people more thoughtful." Grant Wiggins 「教育とは、人々をより思慮深い者に育てる取り組みである。」という一文がありました。 学ぶことを自分のものにしていない子どもたち、教師の指示通りに作業を強要されている子どもたちが多い中で、この二人は思慮深い学習者であり、高い非認知能力を持つ学習者であることがわかります。 "WHAT IS THOUGHTFULNESS? What, then, does it mean to be thoughtful, and how might conventional teaching and learning unwittingly undercut it? A key insight comes from what I noted above: thoughtful people ponder the meaning of what they learn and the consequences of what they do. They bring assumptions and implications of ideas and actions to the surface – and challenge them, if needed. Thoughtful people ask tough questions, of themselves and of others – and they persist in the questioning: Why? What of it? What if? So what? What are you assuming, why? Etc." Grant Wiggins (2013) Thinking about a lack of thinking 「重要な気づきは、私が指摘した点から得られます。すなわち、思慮深い人々は、学んだことの意義や、自分の行動がもたらす結果について深く考えるのです。」 質問です。 ① どのようにして思慮深い学習者が生まれ、育つのでしょうか。教室にいるすべての子どもたちが、良い成績を取りたいと思うのと同様に、思慮深い学習者になりたいと願っているでしょうか。 ② 思慮深い教師とは、どのような教師を指すのでしょうか。今までに思慮深い教師たちに出会ったことがありますか。その人たちにはどのような共通点があるでしょうか。 Thoughtfulness、思慮深い大人や教師、友人に出会えた子どもたちは、学習活動などを通して思慮深さとは何かを学ぶでしょう。そして自分たちも熟慮したうえで行動することや大切なことを継続する習慣などを学ぶでしょう。 Thoughtlessness、教師の思慮の浅い場合は、残念ながら学習内容の構成や課題の内容、設問に明確にあらわれます。そして子どもたちは直感的にそれを感じとります。それでも子どもたちと教師が良い関係にある場合には、子どもから率直なfeedbackをもらえますが、その逆の場合には子どもは口を塞ぎ、教師は何も気がつくことなく過ぎていくでしょう。 小さなノートを持って努力しているこの編入生の存在をたくさんの"thoughtful teachers"に気づいてほしいと思います。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author萩原 伸郎 Archives
9月 2026
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