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"It's time to remove laptops from classrooms. 24 experiments: Students learn more and get better grades after taking notes by hand than typing. It's not just because they"re less distracted—writing enables deeper processing and more images. The pen is mightier than the keyboard.” Jean Twenge (2025) The Screen That Ate Your Child"s Education, New York Times
「教室からノートパソコンを撤去する時が来ました。24の実証実験の結果:手書きでノートを取った生徒は、タイピングよりも多くのことを学び、成績も向上する。単に気が散りにくいからではありません - 書く行為はより深い情報の処理とイメージの定着を促します。ペンはキーボードよりも強いのです。」 組織心理学者のAdam Grantからの先週のeNewsletterにあった引用です。 多くの研究者や教育関係者によって「手書きノート」の有効性は指摘されています。けれども、この記事が示唆する学習活動は知識理解を第一義とする講義型の授業なのではないかと気がつきます。さらに、教師と子どもたちとの関係性や教室の文化・習慣、学習内容や方法が子どもたちの興味や関心をどう増幅しているかという広義の「学習の科学」を飛び越えて結論づけられるのだろうかという疑問も起こります。 一方で、日本やオーストラリアの学校の実情はどうでしょうか。私の限られた範囲での観察では、子どもたちはそれぞれデバイスを持って教室に来ますが、実際の学習活動は3通りのパターンがあります。①教科書+副教材とノートがセットになった講義型 ②教科担任が印刷したワークシートをもとにする作業型 ③各自のデバイスに配信されたGoogle Docsにある課題をこなす作業型。基本的に②と③の作業の質は同じです。 質問です。 ① 学校でのひとり1台のICT機器環境は、どの国でも学校教育に関わるすべてのステークホルダーの莫大な投資と経済的負担をもとに実現されました。その時に共有された当初の目的、Visionは何だったのでしょうか。 ② ひとり1台のICT機器環境は学校での学びの質を本質的に改革しているでしょうか。ICTを活用した主体的で発展的な学習活動や、学習内容を個別化し深い理解と学びを提供することを実現しているでしょうか。一人ひとりの学習の状況や理解の深度をデータとして拾い上げているでしょうか。 21世紀が始まった頃から、国内外で教育に関わる様々なレベルの人々が共有していたICTを活用したBig Pictureがありました。たとえば、学習の個別化や多様化、学習者自身が自分の学びをデザインするAgency、広い能力観に基づく多様な評価方法、地域社会と有機的につながった学習活動、次の時代に必要な資質を身につけたリーダーを育てること。それらは言葉を換えれば、学校教育の根幹に関わるParadigm shiftの具体的な実践例でした。 「後戻り現象」は、そのようなParadigm shiftができなかった、しようとしなかったという現実的な課題の表出のように思います。さらに、教育に関わる人々にとって、教育の様々な領域でUnlearn, Relearnすることのむずかしさが明らかになったとも言えると思います。 さて、オーストラリアでは今週から16歳以下の子どものSNSなどの利用禁止が始まります。状況を注目したいと思います。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author萩原 伸郎 Archives
3月 2026
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