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昨年Dartmouth Collegeの卒業式での祝辞スピーチのなかでRoger Federerが述べたこと、1526試合の中でポイントを取ったのは54%だった、を以前引用しました。彼はこんなことも話していました。
“Yes, talent matters. I’m not going to stand here and tell you it doesn’t. But talent has a broad definition. Most of the time, it’s not about having a gift. It’s about having grit. In tennis, like in life, discipline is also a talent. And so is patience. Trusting yourself is a talent. Embracing the process—loving the process—is a talent. Managing your life, managing yourself. These can be talents, too. Some people are born with them. Everybody has to work at them.” Roger Federer (2024) 「才能は重要です。才能が重要でないと言うつもりはありません。しかし、才能の定義は広いものです。ほとんどの場合、それは天賦の才能を持っていることではありません。それはやり抜く力を持っているということです。テニスでも人生でも、規律も才能です。そして、忍耐もそうです。自分自身を信じることも才能です。プロセスを受け入れること、プロセスを愛することも才能です。自分の人生を管理すること、自分自身を管理することも才能になり得ます。生まれつきそれらを持っている人もいます。誰もがそれらを磨く必要があります。」 行動遺伝学者の安藤寿康さんの説明にも同様な視点があります。「発明王エジソンの有名な言葉に『天才とは99%の努力と1%のひらめき』があります。一般的には努力の大切さを強調する言葉として知られていますが、1%のひらめきがないと99%の努力は実を結ばないのが真意という説もあり、私もその説の方を支持します」「また、個人の性格的な要素として、何事にも目的意識を立てた考えをする、つまり『努力ができる』ということにも50%ぐらいの遺伝率があります。努力ができるというのも才能の一つなのです」安藤寿康 (2024) 質問です。 ① 私たちは人間の才能について、天賦のもの、生まれつき備わったものという先入観を持っていないでしょうか。そしてアカデミックな能力や特殊な能力についてだけを認識するという見方をしていないでしょうか。 ② 人間の才能を磨くこと、一人ひとりのコンピテンシーを豊かに育てることを、学校や私たち教師は喫緊の使命としてとらえ、実践しているでしょうか。 “We tend to think of the great Renaissance artists as a homogenous group, but the truth is that they were like any other randomly selected group of people. they came from rich and poor families alike; they had different personalities, different teachers, different motivations. But they had one thing in common: they all spent thousands of hours inside a deep- practice hothouse, firing and optimising circuits, correcting errors, competing, and improving skills. They each took part in the greatest work of art anyone can construct: the architecture of their own talent.” Daniel Coyle (2010) The Talent Code 「ルネサンスの偉大な芸術家たちを均質な集団と考えがちですが、実際には、彼らは他の無作為に選ばれた人々の集団と変わりませんでした。裕福な家庭出身の人もいれば、貧しい家庭出身の人もいました。性格も異なり、師も異なり、動機も異なっていました。しかし、彼らには共通点が一つありました。それは、何千時間も深い練習の温室の中で過ごし、回路を活性化させ最適化し、間違いを修正し、きそい合い、技能を向上させていたということです。彼らはみな、人が築き上げることのできる最大の芸術作品、つまり自身の才能という構造に参加していたのです。」 私たち親や教師は、努力を続ける子どもたちの様子をいろいろな角度から直接的・間接的に継続して観察すること、そして彼らの努力の過程に適切な通過点を用意して褒め称える機会を設けることが必要なのだと思います。 「こどもの日」にこんなことを考えましたが、実は大人に対しても同様に必要なことだということにも気がつきました。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author萩原 伸郎 Archives
10月 2025
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