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Western Australiaの学校は7月3日がSemester Oneの最終日でした。この週は多くの学年でカリキュラムには関係のない「自由」な学習活動が見られました。細かく段階を追って高次の内容へと課題を積み上げていく通常の学習ではなく、子どもたちが興味や関心のままにやりたいと感じたことを周囲のクラスメイトと話し合いながら進めていました。子どもたちの表情は明るく生き生きとしていたのが印象的でした。その光景を見ながら、「のびのび」とはこういう状況を指すのだろうなと感じました。
そんなことを考えていた時に届いたemail newsletterに”Deep Thoughts for the Summer”という特集がありました。そこには5つのEssential questionsが挙げられていました。
まさに私が感じていたことがDeep thought 1の「生徒たちのために、もっと手を抜いてもいい時ってあるだろうか?」でした。 質問です。 ① 教室の目の前の子どもたちのためにという意識を持って続けられている実践の中に、もしかしたらそれが逆の影響を生んでいる可能性があることはないでしょうか。 ② Scaffolding (足場のこと。子どもたちがつまずくことなく課題を進めていけるように細かいステップを設けること) を用意せずに、子どもたち自身が自らの力で前へ進むような学習過程を提供することは無理なことでしょうか。 Scaffoldingは多様な生徒がいるAustraliaの教室では担当教員からの通常の「配慮」です。けれどもそのために学習活動は平板になり、みなが失敗をせずに同じ結論や成果に至るという予定通りの学習活動に陥ります。予め用意された質問を読み、用意された資料を読み、与えられた質問の答えを見つけるという「作業」を続けて単元が終わります。失敗がないように、準備された学習計画から逸脱しないようにプログラム化された学習活動が本当に子どもたちの知的・社会的成長に意味のある過程かどうか疑問に思います。 前述のDeep thought 1の問いかけに対して次のような投稿がありました。 "'How can I stop scaffolding every task for students, and have the courage to be less helpful?"「どうすれば、生徒のあらゆる課題に対して手取り足取り指導するのをやめ、あえて手助けを控える勇気を持てるようになるでしょうか?」 "I have really been trying to incorporate the "Ask 3 before me" method in my teaching when students are working independently. They should be able to see their peers as a resource as much as a teacher."「生徒たちが自主的に学習している時、私は「先生に聞く前に3人に聞いてみる」という方法を積極的に取り入れようとしています。生徒たちは、先生と同じくらい仲間も頼れる存在だと認識できるようになるべきだと思います。」 子どもたちの知的、社会的成長を願う時、これらの方法を試してみる価値はあると思います。 コメントの受け付けは終了しました。
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Author萩原 伸郎 Archives
8月 2026
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