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卒論の質問から

31/5/2026

 
ある高校3年生から「日本人の英語教育と海外経験」というテーマの卒論についての質問を受けました。留学の積極的奨支援策などについて意見を求められましたが、この質問は、20数年前に同様のテーマについて考えていたことを思い出すきっかけとなりました。当時は、日本語の特徴や日本人の気質が、外国語の習得というよりも活用という点で影響があるという分析に共感していました。

「強烈な自己主張をぶつけないで、相手に自分を分かって貰うのは、日本人が相手でない限り無理な話しだということが、日本人にはのみ込めていない。しかも、前に述べたように、私たちは相手が同定できないうちは、自分の意見なり主張なりを確立することが不得手ときている。そこで日本の対外的な交渉は、外交、政治、経済のすべての点で出おくれになる。大勢がつかめないうちは、自分の位置づけができないからである。日本人が外国語が不得手で、国際会議でも学会でも実力の割におくれをとるのは、語学力そのものの点よりも、むしろ問題は、自分を言葉で充分表現する意思の弱さ、それも相手の主張や気持ちとは一応独立して、自分は少なくともこう考えるという自己主張の弱さに原因の大半があるように思えてならない。」鈴木孝夫 (1973)『ことばと文化』

そしてAustraliaの外国語教育と同様に、日本の学校での英語教育の内容と対象は一般教養としての英語と高度なレベルのものを分ける必要性があると考えていました。

「いま日本の学校での英語教育の効率を上げたければ、(中略)日本の若者全員を対象とする、しかも強制的な「バラ撒き英語教育」をやめて、英語はすべての段階で、やりたい者だけがとる選択制を導入すべきでしょう。」鈴木孝夫 (1999)『日本人はなぜ英語ができないか』

質問です。
① 21世紀の四半世紀が過ぎ、日本社会も日本人の意識や生き方も大きく変化しています。鈴木孝夫さんが指摘されたような「対象依存型の自己規定」の習慣も変化しているでしょうか。
② Australiaの学校や大学では外国語の履修者が激減しています。一方、日本では外国語、とりわけ英語の能力を上げることへの国民的な願望や関心度は衰えを見せません。どのような要因があるのでしょうか。

必修科目で入学試験科目、さらに就職の際にも少なからず影響することから学習者には好き嫌いに関わらず真剣に向き合うことが要求される「英語」。そしてそれを取り巻く膨大な教育産業。「英語はすべての段階で、やりたい者だけがとる選択制」を取ればどれだけ多くの中高生が救われるでしょうか。

この高3生の質問は、卒業論文という探究的学習のあり方についても考えるきっかけをくれました。テーマの選定から研究方法・手順について一通りの指導マニュアルをもとに、担当の先生が指導をされているのだと思いますが、30数人の進捗状況に目を通し、個人が抱える課題や疑問に対応することは時間的にむずかしいのだろうと想像します。それらの予想可能な事態を防ぐ手立ては準備されているのか、高3の卒論に至る以前に子どもたちのどのようなスキルをどのように育んできたのか疑問に思いました。

"Project-Based Learning works best when students have enough background knowledge and enough core skills to actually think deeply about the content. They can't make connections if there's nothing to connect it to. They can't solve problems if they lack the skills or the conceptual framework for the content they’re engaged in. Otherwise, the project can become little more than shallow guesswork with a polished final product.” 

"Sometimes students need direct instruction, guided practice, modeling, repetition, and smaller learning experiences before they are ready for a larger open-ended project. There is nothing wrong with that. In fact, strong PBL often depends on those foundational building blocks. In other words, you can't build anything if you don't have the building blocks to build with. I think of it less as "PBL or traditional instruction" and more as sequencing. Sometimes students need workshops before the project. Sometimes they need mini-lessons during the project. Sometimes they need a smaller structured challenge before tackling something more complex." John Spencer (2026). When Should We Avoid Implementing PBL?

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    Author

    萩原   伸郎

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